今日も元気に問答御用

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イケハヤさん すっかり「話が通じない」人になってますね

ここ数日で悪化している、イケハヤ氏界隈のヤバさ

先日、「脱社畜サロン」に関するイケハヤ氏ことイケダハヤト氏の行動がヤバいという記事を書きました。

そして、それ以来の数日で、イケハヤ氏は続々と関係者と決別しているようなのです。

こちらの記事も参照しました。

tyoshiki.hatenadiary.com

ブロガーとしても有名な「けんすう」さんとか、ZOZOの役員……じゃないんですね。従業員である田端信太郎さんとか。

田端さん、正直、経済的弱肉強食思想を前面に出す感じがあんまり好きじゃないんですが、イケハヤさんは一目置いていた相手です。

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上記画像は下記Togetterより

田端氏はイケハヤ氏からTwitter上でブロックされ、けんすう氏はTwitterにて、『脱社畜サロン』から手を引く旨を表明しました。

イケハヤさん、ここ数日で「あいつはアンチ!」「あいつは話が通じない!」「ブロック!」「ブロック!」「ブロック!」とますます熱くなっているようです。

前からそういうところはありましたけど、完全に「話が通じない」人になっているよなぁ……。と痛感しました。

話が「通じる」人、「通じない」人

「質の高い」主張と「質の低い」主張

議論が発生するような主張をぶつけ合う場合、主張の評価は2つの軸が考えられます。

  • 「賛成」「反対」の軸
  • 「質が高い」「質が低い」の軸

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「賛成」「反対」はどなたも分かると思います。

「質が高い」主張とは、例えばこんな特徴を持つ主張ことです。

  • 正確な事実に基づいている
  • 適切な論拠*1に基づいている
  • 事実・論拠と整合する主張である。
  • 感情に振り回されず、「正しさ」を追求している
  • 語り尽くされてきた内容ではなく、目新しさがある

先の図では、「賛成/反対」「質が高い/低い」の4つの象限*2を描きました。「話が通じる人」と「話が通じない人」では、それぞれの象限への向き合い方がまるで違うのです。

話が「通じる」人

まずは、「話が通じる」人の場合を見てみましょう。
私は「話が通じる」人間であると思いたいのですが、思い上がっていると危険ですね。極力そうあろうと努力しています。

質の低い主張への向き合い方

「話が通じる人」は、「質の低い」主張は重要視しません。自身に「反対」する「質の低い」主張は「単なる罵声・荒らし」だったりしますし、「賛成する」主張であっても「質の低い」ものは自身の主張に利用できません。
質の低い反対意見は「誹謗・中傷」だったりもするでしょうから、無視したり、身を守るために反論したりします。時にはブロックもやむを得ないでしょう。

例えば、私が「『脱社畜サロン』には入会すべきでない」という主張をするとした場合、「質の低い反対意見」としてはこんな例が考えられます。

「は? なに訳の分からないこと言ってんの? バカじゃないの?」
→単なる罵倒で、まともな「主張」の体をなしていない。

「脱社畜サロンは、会員が1万人もいる凄いサロンなんだぞ? 良いサロンに決まってるだろ」
→会員数は3,000人程度。事実に基づかない主張を重視することはできません。

では、「質の低い賛成意見」としては、どんな物が考えられるでしょう。

「脱社畜サロンは、主要メンバーから多数の逮捕者を出している、問題だらけのサロンだ。だから入会すべきではない」
→そんな事実はありません。「脱社畜サロンへの入会反対」という共通項があるからと言って、こんなめちゃくちゃな主張に合意しては、自分の品性も疑われます。

「ホント、イケハヤって嫌い。だから、脱社畜サロンだって詐欺に決まってる」
→これも、好き嫌いに基づく印象論しか語っていない「単なる罵倒」です。

「質の高い」主張への向き合い方

相当に中立的な気持ちで議論に参加できているのでない限り、「話の通じる人」であっても、「質の高い主張」の「賛成意見」の方が嬉しく感じるはずです。

しかし、「話の通じる人」は、「質の高い反対意見」を「アンチ」としてただ突っぱねることはしません。*3
相手の主張の質が高そうであれば、「検証」の段階を踏みます。結果として、自身の意見を変えないことも多いでしょうが、「相手の意見は妥当であるか」と考えます。

以前、「議論のルール」の記事でも書きましたが、「反対意見を受け入れる可能性を持って、反対意見を検証する」相手でなければ、そもそも「建設的な話し合い」が成立しないのです。

私自身も、前回の記事の末尾で「質の高い反対意見」の例を定義し、「これらの意見が提示されたら、自分なりの検証を行う準備がある」と宣言しました。これも、「話の通じる人」でありたいという思いからです。

(前回記事より)

形式知暗黙知の有無に関するイケハヤ氏の評価が不適切である。暗黙知形式知化できないのだとしても、○○という点でイケハヤ氏は誠実、有能と定義できるのである」
「『成功』の定義が不適切だ。○○を満たせば、充分に成功と言うことができ、イケハヤ氏はそれを達成している」
「成功数がゼロというのは、今井が知らないだけだ。○○という成功事例があり、今井の定義する『成功』は充分に達成されている」
→これらの反論が来たら、有益な議論になりそうなので、喜んで対応すると思います。

「話が通じる人」の各象限へのスタンスは、こんなイメージです。*4 f:id:shiroimai:20190115004734j:plain

話が「通じない」人

話が「通じない」人は、「敵/味方」の軸でしか主張を評価しません。

「賛成意見」にカテゴライズされる意見は肯定します。 「反対意見」にカテゴライズされる意見は「敵」「アンチ」「悪口」「荒らし」と定義して、攻撃したり無視したりします。

つまり、こういうことです。
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私には、最近のイケハヤ氏はこうなっているようにしか見えません。

正田氏が本当に大規模M&Aの経験を持っているのか、という疑義が呈されたとき、「本を出版しているということは、経歴が信用できるということだ」というトホホな意見*5を肯定してしまったところからも、この様子が見て取れます。

そして、「反対意見」「問題提起」「忠告」と呼べるような主張に対し、イケハヤ氏が内容を前向きに検証するような発言はあったでしょうか。検証しないとしても、反対意見に「論理的な主張」で反論するケースはあったでしょうか。

私がパッと見たところでは、「残念だなー」「わかってないなー」「だからダメなんだよ」と、相手の意見が「ダメ」であることを前提にした否定しかしていないように見えます。

「反対意見は『質の低い』意見ばかりだった」という立場も取れますが、その場合、イケハヤ氏の周りには「質の高い論議を交わせる人がいない」ということになってしまいます。それでも良いのでしょうか。*6

まとめ

  • 世の中には「話か通じる人」と「話が通じない人」がいる。
  • 両者の差が大きく出るのは、「質の高い反対意見」を突きつけられた時である。
  • イケハヤ氏は「話の通じない人」の行動を取っているようにしか見えない。

私がイケハヤ氏の行動をどうこうできるとは全く思っていませんので、「イケハヤ氏の何がおかしいのか、うまく言語化できない」と感じている人や、「イケハヤ氏はズバズバものを言うから最高だな!」と思っている人に、この記事が届けば良いなと思います。
(今井士郎)

新版 議論のレッスン (NHK出版新書 552)

新版 議論のレッスン (NHK出版新書 552)

*1:事実と主張を結びつける「前提となる考え方」。

*2:マス。

*3:感情的に入れ込みなく、中立的な気持ちで「健全な議論」を楽しめているときは、「質の高い反対意見」は「面白い」と感じられます。

*4:ちょっと汚しちゃいました。マトリクス図がスマホでさくっと描けるツール、探した方が良さそうですね。

*5:「本を出版している人は信用できる」というロジックを採用してしまうと、いろんな人を「信用」しなくてはいけなくなります。大○隆法の信頼度なんて、ものすごいことになりますね。

*6:前回の記事の結論では、イケハヤ氏は「人を見る目がない可能性がある」としているので、やむを得ないところかもしれません。