藍月要先生の新作が発売されました
ライトノベル『俺たちは異世界に行ったらまず真っ先に物理法則を確認する』『あなたのことならなんでも知ってる私が彼女になるべきだよね』の藍月要先生が、新作を発表しました。
『高度に発達した現代工学ならば魔法すら打ち破れる』です。
うーん、どの先品も、タイトルが長い。記事タイトルに作品タイトルを入れると、もうほとんど追加の文字列を入れる余裕がないですね。
名前を挙げた過去2作はどちらもお気に入りで、紹介記事を書いています。
今回の作品も、過去作が好きであればまず好みに合うのではないでしょうか。
今回は、ネタバレありありでお送りします。
ネタバレを回避すると、語りたいことがほとんど語れませんからね。
未読&ネタバレ回避希望の方は、少し下の「今作のあらすじ」だけ読んで離脱してください。
あと、不意打ちで過去作のネタバレも披露しそうな気がするので、
『俺たちは異世界に行ったらまず真っ先に物理法則を確認する』
『あなたのことならなんでも知ってる私が彼女になるべきだよね』
を未読&ネタバレ回避派の方々も、あらすじまで読んで回れ右をお願いします。
今作のあらすじ
今作のあらすじはこんな感じ。
御山高専(小山高専ではなく、大山高専でもない)に通う神鳥谷(ひととのや)鷹久(たかひさ)は、親友のいる隣のクラスが「全員が試験範囲をど忘れして、クラス丸ごと赤点確定」になるという怪現象に遭遇する。
その日の夜中、妹のすずめが自室にいないことに気付いた鷹久は、愛用のバイクを転がして妹を探しに出た。その先で遭遇したのは、魔法少女然とした姿の妹が、謎の怪物に襲われている現場だった。
鍛えたあげたカラテと、バイクによる特攻で、辛くも怪物を倒した鷹久。
妹をかばっていたペンギン姿のマスコットから告げられたのは、「異世界からやってきた魔法使いが、この街で暗躍している」こと。そして、魔法使いの才能を見いだされた妹が、ペンギンと供に街を守っていたことだった。
かわいい妹に、これ以上危ないことはさせられない。
鷹久は、カラテと持ち前の工学知識を総動員して、街と妹を守る決意をするのであった。
……。
ネタバレ回避の方は、ここまででお帰りください。
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ここからは、ネタバレありでお送りします。
今作の見どころ
では、この作品の見どころを挙げていきましょうか。
工学的アプローチによる「魔法」ハック
『俺たちは異世界に~~』ファンにはおなじみの、アレです。
魔法使いたちがなんとなく使っている「魔法」を、構成している仕組みに細分化して分析し、求める成果を導くために再構築する奴。
『ドリフターズ』で言えば
オルミー「私は石壁しか出せなくて」
首おいてけ「よか! 敵がとこまで飛ばしてくれ!」
オルミー「この水晶玉はちょっと離れた相手と会話できるだけなんですよぅ」
ノッブ「バカヤロウ! 軍隊が喉から手が出るほど欲しい奴じゃねぇか!」
って流れになるやつですね。
仲間になるペンギンさんが「攻撃にも使えない、弱小の固有魔法」として出してきたのが「魔法含めたいろいろなものを複製して量産する」魔法だったので、高専生たちは、魔法のパーツからドローンからPCからボウガンまでいくらでも量産して、魔法使いとの戦いに備えていきます。
魔法の力の源は「記憶」。
魔法の才能がある人なら「魔法を使いたいと願った根源的な記憶」から魔力を取り出せるので、記憶は失われない。
しかし、魔法の才能のない人間が記憶を魔力に転換すると、決して記憶は回復しない。
そんな訳で、魔法工学品のエネルギーは、自身も魔法使いであるペンギンさんに依存することになります。
鷹久が主に使用した魔法工学品は、妹・すずめの魔法を複製してペンギンさんが生み出した「魔法的な指示で伸び縮みする糸」。
鷹久は、これを補助筋肉として使用することで、「魔法パワードスーツ」を実現して、最後まで戦い抜きました。
……ただなぁ……。
この「魔法パワードスーツ」、挿絵的な納得感が全然ありませんでした。
「糸」を筋肉周りに巡らせて「筋肉の動きを補助」する仕組みらしいのですが、戦闘中と覚しき鷹久の挿絵に、それらしい糸は描かれていません。
たしか「見えないほど細い」といった説明はなかったはずです。
どんな感じで筋肉の収縮を手助けしてくれる糸なのか、ちょっとイメージがしづらかったです。
また、伸筋(上腕三頭筋とか大腿四頭筋とか)は、腕や脚に適切に糸を這わせば「収縮」の力を筋力に上乗せすることができそうなのですが、屈筋(上腕二頭筋とかハムストリングスとか)は「糸を這わせて筋力増強」のイメージができませんでした。
「腕を曲げる」筋肉を糸で補助するのだと、「手首と肩」、「脚を曲げる」筋肉を糸で補助するのだと「足首と尻」あたりを結んだ糸を縮めないといけなくないですか?
それ、格闘戦に使用するパワードスーツとして、非常に気持ち悪いです。
他にもいくつかの「魔法と組み合わせた工学技術」発明が登場するのですが、登場は前半に偏っていて、バリエーションの面白さ、オチとしての破壊力は感じられませんでした。
「高専生キャラ」側面のオチとしては「枯渇した最後の魔力を絞り出すために、記憶を犠牲にする」シーケンスが重要なのですが、「記憶から魔力を生み出す」手順が具体的に描写されていなかったために、「え? それ、魔法使いでなくてもできる奴だったの?」という戸惑いが先に来て、スカッとしたり血湧き肉躍ったりできませんでした。
親友たちの記憶が失われている描写、しばらくは「アジトが敵魔法使いに襲撃されて、記憶を奪われた」「援助物資と思われたそれは、敵魔法使いが罠を仕掛けた偽物だった」というネタバラシだと思いましたもの。
これは、作者が読者に期待していた心の動きではなかったと思います。
工学的アプローチの楽しさは、オオヤマコウセンが圧倒的でしたね。
健在! 藍月作品名物「ヤバい女」
『俺たちは異世界に行ったらまず真っ先に物理法則を確認する』は、作者も認めるヤバい女が、作者も想定していなかった執念で主人公を射止めていく作品でした。
『あなたのことならなんでも知ってる私が彼女になるべきだよね』は、まさかの前半戦の明らかにヤバい女が前座で、裏に遙かにヤバい女が控えている作品でした。
この作品のヤバい女も、なかなかにヤバい女でしたね。
すずめちゃん、明らかにお兄ちゃん大好きっ子なのは、ラノベ読者の9割9分が最初から想定していたところだと思いますが、お兄ちゃんへの塩対応は、よくある「照れ隠し」なんかではありませんでした。
鷹久のことが大好きで、義理の兄である鷹久と結ばれ得ないことを「死んだ実の両親のせいだ」と『考えてしまった』自分の心の醜さを嫌って、「そんな醜い心の持ち主に、好きな人は渡せない」と、徹底的に義兄を突き放す態度を取るすずめ。
内心では、「お兄ちゃん大好き!」が常にスパークし、それを自覚しているキャラでした。
お兄ちゃんのシャツが破れると、直すと言う名目で新品と交換し、ストックしてスーハークンカクンカしている妹ちゃんだったとは……。
「ヤバい女」とは表現していますが、『あなたのことなら~』の久城さんと同じく、良識はきちんとあるんですよ。
すずめの場合は「ヤバいと認識しながらヤバい行動を取り続ける」久城さんよりも、さらにずっと良識的で、表向きの行動はほとんどヤバくないです。「普通の人の10倍良識的で、100倍愛が重い」というだけなんですよね。
普通の人だったら、どうしようもない醜さで人を恨んでも、その時の心の動きから適当に目を逸らして、良い感じに折り合いを付けるだけです。
本格的な「恋のライバル」は不在でお話は終了したので、自分の気持ちに折り合いを付ければ、すずめにも充分に勝機はあるんじゃないでしょうか。正気があるかは分かりませんけど。
一番のハイライトは、精神的リョナシーンだと思う
「リョナ」って言葉、自分で使うのは初めてだと思うので、用法として正しいのか自信はないのですが。
私、逆転裁判だと華宮霧緒が好きなんですよね。
ツンケンクールな女性キャラが、矜恃をへし折られておどおどしているシーンは、まともな商業作品ではあまり見かけないものですが*1大好物です。
プロローグから、多少の期待はありました。
しかし、あんなに必死に虚勢を張っているキャラクターを、あんなに紙幅を割いていじめてくださるとは……。
作者の性格と今作の評判が心配になります。
もしもあの描写に大喜びするオタクが多いのであれば、それはそれで世の中が心配になりますよ。
恐怖感と戦うキャラは魅力的ですし、時には恐怖に完敗しているキャラも魅力的ですよね。
この話題は、しつこくやればやるほど、私と作品のイメージが悪くなりそうなので、この辺にしておきます。
総評
かなり好みだが、個人的に作者の最高傑作と捉えている『俺たちは~』と比べてしまうと、やや満足感は薄め。
しかし、作者の良さはしっかり出ているので、ファンは楽しめる作品だと思いますよ。
「かっこいいザザ・ビラレッリ」に並ぶ、新たな言霊が生み出される日にも、期待しています。
(今井士郎)
*1:薄い本の領域になりがちですよね。