あなたは『囚人トレーニング』を知っているか
数年前から、自重トレーニング*1を調べているときに遭遇するようになった単語があります。
囚人トレーニング。
すごいフレーズです。 なんでも、「アメリカの囚人は、このプログラムを使って監獄内でトレーニングを行うことで、パワーを養い、身を守るのだ」「道具のない監獄で行えるよう、このトレーニングは自重だけで行う」だそうです。
「囚人トレーニング」で検索をかけると、いろいろな人が、体系化された自重トレーニングの全メニューを紹介しています。
特徴は後述しますが、そのトレーニングを解説した日本語版の書籍が、昨年発売されました。
プリズナートレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ
- 作者: ポール・ウェイド,山田雅久
- 出版社/メーカー: CCCメディアハウス
- 発売日: 2017/07/28
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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表紙を飾るのは、『刃牙』シリーズを代表する「囚人」ビスケット・オリバのイラスト。
何というか、手段を選ばない感じの、すごい装丁です。
今回は、この本に関する今井の感想紹介、レビューを行います。
本書はタイトルを、ネットの紹介記事でもよく使用されている「囚人」から「プリズナー」に表現を変えてきました。 実は、本文中で一回も「プリズナー」という単語が使われていません。*2 キャッチーにする熱意*3を感じます。
この記事では、トレーニングのことを「囚人トレーニング」、書籍のことを「プリズナートレーニング」と表現することにします。
囚人トレーニングの特徴
囚人トレーニングの特徴は、以下の通りです。
- 自重を利用したトレーニングで、ウエイトやマシンを使用しない。
- トレーニングを6つのカテゴリで構成し、各カテゴリは10のステップで構成する。
- 各カテゴリを1段階ずつステップアップしていくことで、「最強の体」が手に入るとしている。
6つのカテゴリとは、
- プッシュアップ(腕立て伏せ)
- スクワット
- プルアップ(懸垂)
- レッグレイズ(足上げ腹筋)
- ブリッジ
- ハンドスタンド・プッシュアップ(逆立ち腕立て)
です。
本書の問題点
論理は、……気にするな!!
著者は本文中で、マシンやウエイトを使用したトレーニングを完全否定しています。 囚人トレーニング、自重トレーニングこそが、機能的で最強の体を作るための唯一の方法である、と。
テレビに映し出されるチャンピオンやプロ選手のパフォーマンスは忘れた方がいい。フェアではないかもしれないからだ。最近の報道や暴露記事のおかげで、こういった頂点に立つ男たちの多くが、タンパク同化ステロイド、テストステロン変異体、成長ホルモン、インスリンなどのパフォーマンス・ドラッグを使って(一時的に)偉業を達成している事実を一般の人も知り始めている。(『プリズナートレーニング』Chapter 3より)
フェアではない「かもしれない」、ドーピングしている「例がある」から、「現代的トレーニングはダメ」というのは、典型的な詭弁なのですが……。
- 作者: 野崎昭弘著
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
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- 作者: 野崎昭弘
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
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本文の論調は、終始こういう感じです。 あくまで、トレーニングへの動機付け、景気付けとしてだけ読むようにしましょう。 全体的に理論が雑です。
ここに書かれた内容を根拠に他人のトレーニングを馬鹿にしたりしたら、きっと恥をかきます。
たぶん、囚人トレーニングで「最強」にはなれない
囚人トレーニングを紹介している、ネット上の多くの記事では、イメージ画像として「ムキムキ半裸の黒人たち」の写真を添えています。 囚人トレーニングでああはなれないと思います。
表紙のビスケットオリバみたいにもなれません。
理由は、以下の通りです。
「囚人トレを実践したマッチョ」を自称する画像はない
ここまで知名度のあるトレーニングメソッドが、「マシントレーニング以上に筋肥大*4に効果的」、かつ「続けるのが楽」なのだとしたら、「囚人トレを実践したので評価してくれ」的なマッチョの写真を見る機会があるはずです。
「細マッチョ」的な写真は見たこともありますが、表紙のようなゴリゴリマッチョの「成果」は見たことないです。
作者の体格写真も公開されていない
作者は、すごくパワフルなのだと本文中で語っていますが、姿は公開されていません。ゴリゴリマッチョの姿を公開すれば、メソッドに説得力が生まれて有利であるにも関わらず、です。
そりゃ、「元囚人なので顔出しはまずい」等、理由がある可能性だってあります。それでも、「無数の教え子」が実在するなら「彼は私の教え子で、囚人トレーニングの実践者だ」とモデルを提供することはできるはずです。
囚人トレーニングを実践しても、「見るからに凄い体」を作ることはできないと考えるのが自然です。
それでも、囚人トレーニングを評価できる理由
私は、囚人トレーニングが、体を鍛える最短ルートだとは考えていませんし、最強の体を作るための方法だとも考えていません。
しかし、挑戦の価値はあると感じています。
これは大きく分けて、二つの側面から説明できます。
それぞれ説明します。
自重トレーニングは、「挫折に優しい」
体を鍛え上げる最短ルートは、「ジムに通って」「適切なマシンやウエイトをフル活用して」筋肥大させることだと、私は考えています。 プリズナートレーニングの筆者が信じているような「ステロイドまみれ」のトレーニングをしなくても、運動・休養・栄養の条件を満たせば、充分に筋肥大は目指せるでしょう。
適切に、継続できれば。
ジムの会費は高額です。安くても数千円の月額が、毎月かかります。 トレーニングが続けられれば、「後悔」はしないでしょう。
でも、いるんじゃないですか? ジムの月額会員になったはいいものの、ろくに行かずに金を捨て続けている人。*5
わざわざ退会処理をするのは面倒で、思い出すたびに憂鬱な気分になる、そんなジム会員も多いはずです。
では、自分で必要な道具を購入したら?
ダンベルやベンチを買って、費用はそれだけ。 続かなくったって、お金は出ていきません。
しかし、それでも、挫折すると大変です。
意気揚々と購入した筋トレグッズ。 ベンチが部屋の一角を占めていたり、ダンベルがすみに転がっていたり。 そしてダンベルは重い物ですから、片付けたり引っ張り出したり、処分するのだって大変です。
放置してしまった場合、道具を目に留めるたびに、後悔することでしょう。
出ていくコストは、2,000円弱*6の本の分だけ。多少の道具は必要ですが、最初から必要なのは、懸垂用の鉄棒くらいです。 自宅で懸垂をしたければ、『どこでもマッチョ』でも買いましょう。
【どこでもマッチョ】 自宅がトレーニングジムに早変わり!工具不要でかんたん着脱 懸垂・背筋・腕立て等 さまざまなワークアウトが可能
- 出版社/メーカー: バランスボディ研究所
- メディア: その他
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あとの道具は、トレーニングを続けられたときに、どうしても必要なら買い足せばいいのです。
挫折しても、物理書籍なら古本屋に売ればいいし、電子書籍ならライブラリの片隅において忘れてしまいましょう。 書籍を参考にした自重筋トレ全般に言えることですが、『プリズナートレーニング』は、挫折に優しいのです。
自宅トレーニングは、「始めやすいから、続けやすい」
自宅トレのいいところは、スタートまでの負担が最小なところです。 ジムに行くには、これだけのアクションをこなさなければいけません。
- 洗面・整髪等、外出の準備をする
- 外出できる服を着る
- トレーニングウェアやシューズを荷造りする
- ジムの風呂を使いたいなら、それ(タオルや洗顔料等)も準備する
- 財布を持つ
- 外出し、ジムまで移動する
- 受付し、着替える
- 目的のマシンや道具のところに行く
- トレーニングを開始する
自宅自重トレだと、これだけです。
- 自宅内を、数メートル移動する
- トレーニングを開始する
パジャマ姿でトレーニングしてもいいわけですから。 (自室が汚いと、「トレーニングのスペースを確保する」というのが大変だったりするのですが、無視します。)
加えて、ジムだと「営業時間帯」や「自分が契約した対象の時間帯*7」といった制限も受けます。 自宅トレなら、自宅にいられる限り、いつでもできます。
どちらが続けやすいかは、一目瞭然でしょう。
ジムでのトレーニングは、経済的余裕と強い意志や習慣力を持った、選ばれし者の領域です。*8 自重トレの取っつきやすさこそ、ずぼらの味方なのです。
囚人トレーニングは、メニューの範囲が「広すぎず、狭すぎない」
ここからは、囚人トレーニングが自重トレーニングの中でも優れている点です。
自重トレーニングって、いろいろあるんですよね。 たとえば、こんな本もあります。
- 作者: 比嘉一雄
- 出版社/メーカー: エイ出版社
- 発売日: 2013/05/21
- メディア: ムック
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これはこれで、いい本だと思います。『Tarzan*9』を複数号買うより、筋トレの基礎理論も筋トレメニューも、よくまとまってますし。 表紙で「もう器具などいらない!!」とぶち上げておいて、椅子はともかくバランスボールを要求するのはどうかとも思いますが。
この本では、たくさんの筋トレが取り上げられています。 その数、実に100種類プラスα。
情報としては有用なのですが、「使いこなす」のが大変な量でもあります。読者が実践するためには、膨大な筋トレメニューから適切にピックアップするか、メニューを全て実践するかの2択ですから。 かなりの根性かセンスが必要です。*10
その点、囚人トレーニングは、「6種類のメニューを、順番にステップアップしていく」だけ。しかも、「最初は4種類から始める」ことを推奨しています。
ほどよく、全身を鍛えられるメニューを網羅していて、あんまり細かいことを考えなくてもいい。 強いビジョンや目的のないトレーニーには、ありがたい仕様になっています。
囚人トレーニングは、軽い負荷から「刻んで」調整できる
正直これが、囚人トレーニングの一番偉大なところだと思います。
普通の人は、筋トレというと「腕立て(プッシュアップ)」とか「腹筋」をイメージすると思います。
しかし、プッシュアップって、できない人にはできないんですよね。 小学生時代の私は、それこそ1回もできなかった気がします。
膝をついたプッシュアップ*11でも、あんまりできなかった。
筋トレの負荷は「軽すぎてもいけないし、重すぎてもいけない」のは、トレーニングの常識です。10回がギリギリできる程度の負荷を数セットするのが最適、とよく言われます。(前述の『Tarzan』でも、『自重筋トレ 100の基本』でも。)
上記は目的によって、「12回がギリギリの負荷」になったり「15回がギリギリの負荷」になったりするようですが、「1回がギリギリの負荷」のメニューが筋力強化、筋肥大に最適でないのは、間違いありません。
そして、「規定回数をクリアできなかった」という事実は、筋力が弱い人に「筋トレは楽しくない」という思いを抱かせます。
でも、もっと負荷の弱い、最適な負荷のメニューを提示してあげられれば、弱い人でも「メニューを/目標をクリアできた」感覚を味わうことができます。 膝付きプッシュアップができない人に、「もっと軽いプッシュアップ」を提案するのが、囚人トレーニング理論なのです。
ね? できるでしょう?
これこそ私が、囚人トレーニングを「ひ弱な人にこそ向けたメニュー」と絶賛する理由です。
学校の部活などでは、みんなで一律、同じ筋トレをするシーンがありました。私は「腕立て20回」がこなせませんでしたし、軽すぎて物足りなかった部員もいたでしょう。
そんなシーンでこそ、囚人トレーニングの考え方は活用されるべきです。 部活で筋トレを指導する先輩や顧問は、こうやってメニューを提示すればいいのです。
「プッシュアップを20回やるぞ」
「レベル1(壁に手をついたプッシュアップ)から始めて」
「できた人は次回から、レベル2・3と上げていっていいよ」
こんな感じ。*12
まとめ
ここまで書いてきたことをまとめます。
私の『プリズナートレーニング』に対する評価は、以下の通りです。
- 囚人トレーニングは、ジムでのトレーニングやウエイトトレーニングと比べて、筋肥大・筋力アップの「最高効率の方法」でも、「最強の体になる方法」でもない。
- 『プリズナートレーニング』に書かれたトレーニング理論は、あんまり信用できない。
- それでも、意志の強くない人、筋力の強くない人といった「弱い人」には、この本が最高の処方箋になるかもしれない。
筋トレの入り口として、いかがでしょうか?
(今井士郎)
プリズナートレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ
- 作者: ポール・ウェイド,山田雅久
- 出版社/メーカー: CCCメディアハウス
- 発売日: 2017/07/28
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*1:重い道具を使わず、自身の体重を負荷として行う筋トレ。腕立て伏せやスクワット等
*3:節操のなさ、とも。
*4:筋肉が太くなること。マッチョ化すること
*5:私は1回行くごとに課金のジム会員なので、その点は問題ありません。
*6:結構しますね……。
*7:夜のみとか週末のみとか
*8:「ジムに高い金を払ったからこそ、トレーニングが続くのだ」という人もいるでしょう。そのような人たちは、ジムを活用すればいいです。ただ、「ジムに高い金を払ったのに続かない」人、多いはずです。
*9:トレーニングについて語る、マガジンハウス発行の雑誌。トレーニ-の間での信用性は、あまり高くないようです。「同じことばかり書いてあるので、何号も買うのは馬鹿だ」とも。大学時代、何号も買ってました。
*10:ただし、同書には「競技ごとにオススメな筋トレメニューピックアップ例」も書かれていて、これは結構有用です。
*11:囚人トレーニングでは、プッシュアップの「ステップ3」に該当。
*12:実際の囚人トレーニング理論では、各ステップの中でだんだんと「回数」や「セット数」を伸ばしていくのですが、そこは省略しました。