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少しでも建設的な議論に近づくための「トゥールミンモデル」入門

今日の話題は「トゥールミンモデルとは?」

ネットでは、今日も合意形成にはほど遠い不毛な議論が続いています。
少しでもまともな議論を増やしていくため、今日は議論の大前提である「トゥールミンモデル」について解説したいと思います。
これができないと、ほぼ「論理的な議論」なんて不可能なのですが、意識的に使えている人はほとんどいないようです。
弱小ブログではありますが、世の中に、少しでもマトモな議論が増えれば幸いです。

「トゥールミンモデル」とは?

トゥールミンモデルとは、イギリスのトゥールミンさんが提唱した、「論理」の組み立てのモデルです。
詳細を知りたければ、『新版・議論のレッスン』を読んでください。
読み切るにはちょっと根気の要る内容ですが、読めばタメになると思います。
この記事では、網羅性は犠牲にしても、もっと楽に理解できる簡単な記事を目指したいと思います。

……と、思ったのですが。
「トゥールミンモデル」でググッて出てきた1ページ目のサイトで、私が作れそうな図式よりは、はるかに綺麗なものが出てきちゃいましたね……。
まずは、以下のサイトをご覧ください。
これで「完全に理解した」方は、それでもいいです……。

https://www.saga-ed.jp/kenkyu/kenkyu_chousa/h19/h19syakai/zusikika/zusikika.html

上記サイトでも前述の書籍でも、トゥールミンモデルを説明する際は多くの場合、主張を3つの要素に分解しています。

  • データ
  • 結論
  • 根拠

「普通」の主張に登場するのは、「データ」と「結論」。
「データ」から「結論」を導く裏には、「根拠」が隠れているよ、といった形です。*1

例えば、

「彼は悪いことをしたので罰するべきだ」

という主張があった場合、「データ」「結論」「根拠」はこのようなものです。

  • データ :彼は悪いことをした
  • 結論 :彼を罰するべきだ
  • 根拠 :悪いことをした人は罰されるべきだ ←これは、文面には出てこない

「データ」と「根拠」が複合し、「結論」が導かれます。
何らかの主張があったとき、「根拠」としてどのような命題が想定されているのかを常に考えるようにすると、トゥールミンモデルは違和感なく使いこなせるようになります。

「データ」「結論」「根拠」を組み合わせた、とある「主張」が、別の主張において「データ」や「根拠」として使われることもよくあります。
前述のサイトの例では、

「○○通りでは、5分に50台の車が通るので、○○通りは危険だ」

という「主張」が、

「○○通りに歩道を作るべきだ」

という「結論」を導くための「データ」として使われています。

日常的な思考にトゥールミンモデルを適用していると、「根拠」と呼ぶ部品も思考の中で省略せず、明示的に考えることが多くなります。
このため、私の中で「データ」と「根拠」の位置づけは、あまり区別していません。

例:課題図書とトゥールミンモデル

一つの「結論」に対して、「データ」や「根拠」は一つずつとは限りません。

主張を部品に分割する例として、

「『西の魔女が死んだ*2』が課題図書になっているから、夏休みには『西の魔女が死んだ』を読むといい」

という主張について考えてみましょう。

上記の主張の「データ」と「結論」は、以下の通りです。

では、根拠としてはどんなものが考えられるでしょうか。

  • 課題図書となる本なら、面白さが担保されているはずだ
  • 課題図書となる本なら、対象年齢が学年と合致しているはずだ
  • 課題図書となる本なら、別の宿題である、読書感想文のネタにするにもちょうどいい
  • 課題図書となる本なら、他にも読む人が多く、友達との会話ネタにもできるはずだ

パッと思いつくだけでも、こんな可能性が考え付きます。「『西の魔女が死んだ』を読むといい」といった人の中には、この中の一つが「根拠」として存在したのかもしれませんし、複数が根拠だったのかもしれません。
また、上記では省略した「根拠」として、発言者の中にはこんな想いがあるはずです。

  • 読書は、面白いのが望ましい
  • 読書は、対象年齢が合致しているものが望ましい
  • 読書は、読書感想文のネタになるようなものが望ましい
  • 読書は、友達との会話ネタになるようなものが望ましい

特に「根拠」は、細かく追及しようと思ったらどんどん細かく表現できてしまうのが普通です。
議論の場において適切な細かさはどのくらいか、考えながら使いましょう。

トゥールミンモデルの実用

トゥールミンモデルの活用方法は、大きく分けて二つです。

  • 手元のデータ及び根拠に自覚的になり、飛躍のない正しい結論を導くこと
  • 提示されたデータと結論から、想定されている根拠に自覚的になること

前者は分かりやすいと思うので、私が強く勧めたいのは後者です。

世の中の「おかしな意見」は、以下のいずれか、または両方です。

  • おかしなデータや根拠を前提にしている
  • 提示されたデータや根拠からは、導かれないはずの結論に至っている

データの妥当性を確認し、大抵の人が省略している「根拠」を掘り起こして検討してみれば、「おかしな意見」の「おかしさ」がどこにあるのか、分かることも多いでしょう。
場合によっては、どんなに精査しても「おかしさ」が見つからず、「自分の確認する限りでは、この意見は正しいと認めざるを得ない」というケースもあるはずです。
結果的に後から「おかしさ」の見落としが発覚するケースだってあるでしょうが、論理的におかしくないなら「論理的にはおかしくない(自分にはおかしさが分からない)」とするのが、論理的な態度です。

トゥールミンモデルを実用して、「おかしさ」に気付いた例

とあるアルファツイッタラーS氏が、こんなことを主張していました。

A氏が、ツイッターにおいてS氏に対する中傷を行った。
S氏はA氏に対する法的措置を行うことを決め、A氏の氏名・住所を調査して把握した。
氏名・住所を把握したことをA氏に告げたところ、「S氏は、A氏の氏名も住所も実際には把握していないに違いない。ハッタリなのだろう」と言われた。
氏名・住所の「把握している・把握していない」という言い合いの1カ月後に、S氏はA氏の氏名・住所に対して内容証明郵便を送付し、無事に到着した。
これにより、S氏が言い合いの時点でA氏の氏名・住所を把握していたことは証明された。*3

大体の方は「ん? おかしいぞ?」と思うはずなのですが、「どうおかしいのか」言語化できる方は限定的かと思います。
主張のメイン部分について「データ」と「結論」を示してみましょう。

  • データ:S氏は、「言い合い」の1カ月後に、A氏の氏名・住所宛てに内容証明郵便を送付することができた
  • 結論:S氏は、「言い合い」時点において、A氏の氏名・住所を知っていたことが証明された

さて、どのような「根拠」があれば、上記の「データ」と「結論」が結びつくでしょうか。 この時に必要とされる根拠は、このようなものです。

  • 根拠:A氏の氏名・住所宛てに内容証明郵便を送付するには、内容証明郵便が到着する1カ月前時点で、A氏の氏名・住所を把握していなければならない

上記の根拠が成立する例としては、以下のような場合が考えられます。

  1. 内容証明郵便は、発送から到着まで、最短1カ月かかる
  2. A氏の氏名・住所をある時点で入手していなかった場合、S氏がA氏の氏名・住所情報を入手するために最短1カ月かかる
  3. S氏は、内容証明郵便に記載する情報を完全に揃えてから内容証明郵便を発送するまで、最短1カ月かかる

1.のような事実はありません。内容証明郵便は、発送から数日で到着します。

2.のような事実はありません。S氏がどのように時間のかかる手段でA氏の氏名・住所を入手していたとしても、「氏名・住所の入手にはしばらく前に着手しており、『ある時点』では入手できていなかった」という可能性を除外できません。
「A氏の住所・氏名特定には最短でも半年かかる」のだとしても、『言い合い』の3日後にちょうど半年目だったかもしれないのです。

3.はないとは言えませんが、S氏が実際に発送した内容証明郵便は、数行の情報しか持たないものです。S氏が執筆開始から発送までに1カ月かかるとしたら、S氏の事務処理能力が異様に低いとしか言うことはできず、「S氏の異様な事務処理能力の低さ」を客観的に証明することは困難です。

つまり、このケースでは明示されない「根拠」として、明確におかしな命題が置かれていたのです。
このように、トゥールミンモデルを使うと、「なんだかおかしいぞ?」という主張の「どこがおかしいのか」を具体化しやすくなります。

「根拠」「データ」を恣意的に変化させている例

個別の主張がおかしいとは言えないまでも、複数の主張を組み合わせるとおかしくなってしまう、というケースも多々あります。

前述のS氏は、自身の言動が刑事上問題なのではないかと批判された際に、このような主張をしました。

私の言動に刑事上の問題があるとしたら、私は逮捕されているはずである。しかし、事実として私は逮捕されていない。これは、私の言動に刑事上の問題がないという証明である。 https://t.co/aqjRbLCi7z

これは、「データ」「結論」「根拠」が文中に明示されていますね。

  • データ:S氏は逮捕されていない。
  • 結論:S氏の言動に、刑事上の問題はない
  • 根拠:刑事上の問題がある言動をおこなった人物は、速やかに逮捕されるはずである。

しかし、数時間前後して、S氏はこのような主張も行っていました。

私に対して民事・刑事上問題のある発言を行った人々が、何人も野放しになっている。彼らは責任を追及されるべきだ。 https://t.co/Lv8cVdT935

  • データ:S氏に対して刑事上の問題がある発言を行った人物が、逮捕されず野放しになっている
  • 結論:S氏が問題と感じている発言を行った人々は、責任を追及されるべきだ
  • 根拠:「S氏が問題と感じる感性は、社会通念に適っている」「社会正義は達成されねばならない」等

あれ?
先の命題の「根拠」と、こちらの命題の「データ」が、食い違ってしまいました。
先に提示された「根拠」と、こちらで提示された「データ」のどちらかは間違っています。
S氏は、どちらの命題を正しいものとして採用するか態度を決めないと、主張に一貫性を持たせられません。

このように、その時々の主張で、前提となる「データ」「根拠」を都合よく破棄する人は沢山います。 ある規範が「自分のことを縛る」時には否定し、「自分が悪口を言う」「自分の権利を拡張する」時には是認する人、多いですよね。

例)

  • 私に「空気を読め」というのは暴力、そのくらい分かるだろ空気読めよ
  • 私がこちらの性別だからといって不利益な扱いを受けた。全くあちら側の性別のやつらは酷い
  • 一言声をかけてくれれば気持ちよく譲ったのに。え? 一言声をかけろ? 私は当然の権利を行使したまでだ。
  • ネットの議論において、片方の当事者の主張が正確なわけがない。当事者である私の主張が正しいに決まっている。
  • 私は訴えられてもいないしもちろん有罪も確定していない。つまり私は「悪いこと」なんてしていないんだ。ネットで私を悪者扱いする犯罪者どもめ。

等々。

このような「都合のいい、根拠やデータの出し入れ」をする論客は、誠意がない人と言って良いでしょう。
ええ、山ほどいます。
私自身は、自覚しているケースはありません。過失としてやらかしている可能性はありますが、やっていないものと信じたいです。

まとめ

  • トゥールミンモデルは、主張の「データ」「結論」に加えて、往々にして記述から省略される「根拠」を検討するモデル
  • トゥールミンモデルは、正しく主張を組み立てることと、おかしな主張のおかしさを分析すること、両方に役立つ

少しでも参考になって、世の中にマトモな議論が増えますように……。
(今井士郎)

*1:『新版・議論のレッスン』内では「データ」「結論」「根拠」といった要素の呼称が章によってブレていましたので、本記事では上記の「データ」「結論」「根拠」という名称を使用します

*2:児童向け文学ですけど、面白かったですよ。大人が読んでも面白いんじゃないかな。

*3:実際は、主語が「S氏」でなく「S氏の顧問弁護士」だったりするのですが、そこは例示のための省略ということで。