ネットでよく見かける議論
先日、こんなツイートを見かけました。
「勉強は大事だよ」というツイートには、必ずと言っていいほど「私は中卒ですけど幸せです!勉強が全てではありません!」というリプライが付いている。「日本語を理解するには勉強が必要」という厳然たる事実を、たった1つのリプライで表す高度な皮肉なんだろうな。
— いしかわ (@73_568) 2019年6月30日
いしかわさんが、本当にこんなやりとりをしたのかは知りません。しかし、ネットでは良くある「議論」の流れだよなと思います。いや、下手するとネットなんかにはとどまらず、世間一般でよくある流れですよね?
類似の例
こんなやりとり、経験したことはあるんじゃないでしょうか。
A「1+1は?」
B「2」
A「ブーッ! 田んぼの『田』でした~!」
A「1月1日は何の日か知ってる?」
B「元日」
A「ざんねーん! 一輪車選手の佐藤彩香の誕生日*1でしたー!」
どっちの例でも、Bさんは「間違って」はいません。Aさんみたいな人に軽率に「間違い」認定されて腹立ちますよね。
これが、本記事の主旨です。
【目次】
- ネットでよく見かける議論
- 類似の例
- Bさんが正しいか考えてみよう。
- Bさんは「正しい」か
- ネタばらし
- 日常でやらかさないように
- 考えてみよう
- まとめ:相手の「間違い」認定は慎重に
- 余談1:「トリニクって何の肉?」の低脳加減
- 余談2:フレンドパークっていいよね
Bさんが正しいか考えてみよう。
上記でAさんが採用している理屈は、「Bさんの答え以外に『正解』が存在するから、Bさんの答えは『正解』ではない」というものです。
でも、その理屈は不充分です。
正しく言うと、つまりこういうことになります。
Aさんが正しいことを言っているとき、Bさんの言っていることと○○であれば、Bさんの言っていることは間違いと論証される。
私の推測では、「○○」の内容を正しく想定できている人が読者の3割程度、私の考えているフレーズそのままを思いついている人は、読者の1割未満です。
ここからは、実例を見てみましょう。
以下で「Aさん」の言う「Bさんが『間違い』だという発言」は正しいでしょうか?
考えてみてください。
会話例その1
A「サイコロは、いくつの面でできているでしょうか?」
B「4とか?」
A「いや、6に決まってるでしょ!! 間違い!」
会話例その2
A「日本で映画の興行収入記録を塗り替えた作品と言えば?」
B「『もののけ姫』。(1997年。2019年7月時点で歴代4位*2 )」
A「いや、『千と千尋の神隠し』に決まってるでしょ!!(2001年。2019年7月時点で歴代1位*3 ) 間違い!」
会話例その3
A「ハンバーグの魅力って、なんだろうな」
B「肉の塊! って満足感を提供しつつ、ステーキみたいには肉の質にこだわらなくてもほどほどおいしくできるところかな」
A「おいしいところに決まってるじゃん! 間違い!」
Bさんは「正しい」か
3つの具体例を挙げてみました。それぞれ、Aさんの「Bさん間違い認定」は正しいか、分かったでしょうか。
3例全てについて、間違い認定は「間違い」です。
会話例その1について
「サイコロの面数は?」→「4とか?」→「間違い! 6だよ!」
4面ダイスと呼ばれるサイコロは、普通にあります。
ボードゲームやTRPGを遊ぶ層には、常識ですね。
「最も代表的なサイコロの面数は?」と言われれば「6」と答えるべきだったでしょうが、「4とか?」という回答には「何を当たり前のことを聞いているんだ? なにか変化球の答えを期待しているのか?」という動揺も見て取れます。
会話例その2について
『千と千尋の神隠し』は、2001年時点で興行収入記録を塗り替えており、現状でも歴代トップです。*4この作品は、「日本で興行収入を塗り替えて」います。
しかし、『もののけ姫』が1997年に興行収入記録を塗り替えていた(その後、『千と千尋の神隠し』に抜かれた)のも事実です。
「『もののけ姫』が、日本の映画興行収入を塗り替えた作品である」というのは、事実です。間違いではありません。
会話例その3について
「ハンバーグの魅力は?」→「肉質に限らず柔らかいのを提供できるところ?」→「間違い! おいしいところだよ!」
こういう主観的にしか答えられない質問をしておいて、簡単に相手の主観を否定してくる相手って、最低ですよね。
Bさんが、質問を受けてほどほど客観的っぽい回答を頑張ってひねり出しているのに対して、Aさんが主観そのもので切り捨てているのも腹が立ちますね。
ネタばらし
では、先ほどの「○○」を埋めてネタばらしです。
Aさんが正しいことを言っているとき、Bさんの言っていることと相互排他的であれば、Bさんの言っていることは間違いと論証される。
相互排他的とは要するに、「Xが成立するとき、Yは成立しない」「Yが成立するとき、Xは成立しない」という関係です。
例えば、あるコインを投げて「表が出た」時、同じコインで同時に「裏が出る」ことはあり得ません。コインが薄く2つに割れて、裏の面と表の面が同時に出ている、というような異常なケースを除いては。
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「Aさんの言っていることが正しいとき、Bさんの言うことは間違い」かつ、「Aさんは正しいことを言っている」ときに初めて、「Bさんの言っていることは間違い」と論証できるのです。
会話例その1について
「最も代表的な」サイコロの面の数と言えば、だいたいは6面で間違いないでしょう。*5
しかし、そういった留保条件がなければ、「一般的に存在するサイコロ」の面数は全て正解となります。
今回のBさんは、問いかけに深読みをしてしまった。一般的に認知されているサイコロとしては、4面、6面、8面、12面、20面、100面あたりが存在します。
「サイコロの面数」として「4面」が「間違い」は間違いです。
会話例その2について
2019年7月時点で「最後に」日本での興行記録を塗り替えた映画であれば、『千と千尋の神かくし』唯一であり、その他の回答とは排他的です。
しかし、「日本で映画の興行収入記録を塗り替えた作品と言えば?」と言うなら、日本で映画の興行収入なる数値がカウントされ始めてからの全期間で「日本で映画の興行収入記録を塗り替えた作品」が正答となります。『南極物語』なんかも正解ですね。
会話例その3について
「ハンバーグの魅力は?」なる主観的な命題に、「他の回答を間違いとして排除する」ほどの唯一解があるとは思えません。
「答えは○○だから、他の答えは間違い」とするならば、よほどの強力な根拠が必要です。基本的には、説得力皆無とみなしていいでしょう。
日常でやらかさないように
「それ、相互排他的(排他)ですか?」という問いかけは、日常でも使い勝手のいい考え方です。
二つの条件が出てきたときに「それ、排他ですか?」と問うてみると、「いや、『どっちも』もありえるよ」なんて答えが返ってきたりします。
2つの条件が出てきたときは、それが「排他(同時には成立しない)」か、「排他ではない(同時に成立しうる)」か、考えてみましょう。
考えてみよう
頭の体操として、下記の例が「排他である(『間違い認定』が『正しい』)」か「排他ではない(『間違い認定』が『間違い』)」か考えてみましょう。
30台中盤以降の人は、懐かしの『マジカル頭脳パワー』の問いに答えるようなイメージで。
1.サイコロの目
問い
1回サイコロを振った時、4の目が出た。同じ時に「3の目が出た」というのは、間違いになるか。
答え
「1回」サイコロを振ったとき、4の目が出るのと3の目が出るのは「排他ではない(『間違い認定』が『間違い』)」。
「1回」サイコロを振ったとき、「複数個」振るケースは、普通に存在する。ある目が出たからといって、他の目が出たのが直ちに間違いとは断定できない。
2.誕生日
問い
Aさんの誕生日は、7月15日である。Aさんの誕生日が8月19日だというのは、間違いになるか。
答え
ある人の誕生日は、1年のうちのいずれか1日である。ある「正しい」誕生日が示された時、他の日付とは「排他である(『間違い認定』が『正しい』)」。
会話上で共有している前提条件として「Aさんという姓名の別人も、対象に含む」「『誕生日』という名称の、未知の概念も正答の対象になる」などがあれば、上記の「排他である」は崩壊します。この辺は、「妥当な前提条件」という共通理解に依存します。
まとめ:相手の「間違い」認定は慎重に
冒頭に挙げたツイートで言えば、「勉強が大事である」ことと、「勉強以外の○○が大事である」ことは、決して排他ではありません*6。
ある人は「勉強」という「大事な物」で人生を豊かにするのでしょうし、勉強「抜きで」、他の要素で人生を豊かにする人もいるのでしょう。
とにかく、「勉強以外に、人生を豊かにする物(大事な物)がある」という主張は、「勉強は人生を豊かにする(大事である)」という主張と排他ではありません。
「勉強は大事である」を否定したいのであれば、別の理屈を持ってきましょう。
「1+1=田んぼの田」を認めたとしても、「1+1=2」は間違いじゃねぇよ、という点について、納得いただけたかと思います。
余談1:「トリニクって何の肉?」の低脳加減
テレビ朝日系で、「平成生まれの常識のなさを笑うクイズ番組」として、「昭和生まれの出題者が、平成生まれの回答者にクイズを出題する」という特番が放送されました。
私は放送を見ていないのですが、ネットで報じられた内容は、まさに本記事で紹介した「ある正解があるから、他の正解は不正解とみなす」という内容だったようです。恐ろしいことに、レギュラー番組として放送中だとか……。
https://togetter.com/li/1261316
『鶏肉』が鶏の肉であることは『とりにく』が鳥全般の肉であることと排他ではありませんし、「都市ガスはどこから取れる?」「答えは『土の中』」って、どんだけふわふわした回答*7やねんと。
出題者の定義する「正解」が、そもそも正解ではない可能性すら、疑った方が良さそうです。
私は昭和生まれですが、これを見て悦に入っている昭和生まれが実在するとしたら言いたい。
「ば~か。低脳。論理的思考力皆無。小学生並みの難癖つけてるんじゃねえよ」
余談2:フレンドパークっていいよね
『関口宏の東京フレンドパークⅡ』には、「クイズ ボディ&ブレイン」というレギュラー企画がありました。
回答者が詳しいとされているジャンルについて、正しい答えを「5つ」とか「3つ」とか、複数個回答させるクイズです。
感心したのは、「正解」の範囲を客観的に区切っていたこと。
芸能人に関するクイズなら、「○○年、タレント名鑑掲載の芸能人の中で」とか、CDに関するクイズなら、「オリコンの○○という資料の中で」とか。
これで、「みんなは知らないけど、□□という芸能人もいるんだよ。いるのに。不正解なんてひどい」とか「みんなは知らないけど、□□というCDもリリースされていたんだよ。不正解なんてひどい」というトラブルを回避し、非常に公正性の高いクイズを提供していました。
「出典」を定義したクイズ番組って、珍しいですよね。
人の言うことを「間違い」とするなら本来、このくらいの姿勢はあるべきです。安易な「間違い認定」は、避けましょうね?
(今井士郎)
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